かどのやなさん

昨年、福井県坂井市三国町で新規就農した存在価値のない人のブログです

「弊害」という言葉に違和感

右腕が先週の土曜日ぐらいからしびれてて、さすがにまずいなぁと思うので、今日病院に行ってきます。
しびれるのはいいけど、指を意識して動かさないと動かないので、キーボードを打つのがむっちゃ遅くなってます。なので、今、あまりPCを触っていません。確定申告の準備をしなければいけないのですが・・・これはまずいですよね。

 

剪定中の鋏を使うのは出来るみたいで、指全体を動かすのはそんなに難しくない感じ。ただ人差し指だけとか、中指だけとかとなるとうまく動かせない。たぶん首の神経が悪さしているんじゃないかと。

 

さて、今日は言葉の「弊害」について。ちょっと前にFacebookのグループにて、雪を捨てられるような『流雪溝』というのがあって、こういうのが市内にあれば便利かもっていう投稿に、いいんじゃないと思って、話を膨らませるような内容を書き込んだのですが、流雪溝に捨てた雪や水が溢れて水浸しになるという”弊害”があるよって、返しがあったのです。たぶんその投稿者としては流雪溝を作るのは良くないと思って書いたと思うのですが、ちょっと気になったのが「弊害」という言葉。

 

「弊害」とは、害となること。他に悪い影響を与える物事。悪害。(小学館

弊害とは - Weblio辞書

 

考え方、捉え方の違いだと思うのですが、私が考える「弊害」とは、普通に使ってても起こりうる害だと思ってて、例えばクスリを使ったことで他に害が出る、いわゆる副作用が「弊害」という言葉を使うに適しているんではないかと思っているのです。もちろん、害が起きないこともあるよっていう意味も含んでいると思うのですが、普段の状態で、普段の使い方で、という前提で使ったらたまたま害が起きたとなった場合は、「弊害」と言っていい感じがするのです。

 

で、流雪溝から雪が水が溢れたという弊害についてなんで違和感を感じたのかというと、雪や水が溢れた状況って、それは流雪溝がもつ処理能力以上の雪が投入されたからであって、それって通常の状況ではないよねって思ってて、通常の状況下でない状態での使用で起きた出来事を「弊害」という言葉をあてがうのは違うんじゃないかと思うのです。

 

「弊害」という言葉を使うと、普通に使ってても害が起きることがあるよっていうイメージがあるので、流雪溝を作ると雪や水が溢れたり、詰まったりするは弊害が出るよという、本来の仕様と真逆の効果があるイメージを植え付けるんだなぁと思ってしまいました。流雪溝は悪だという印象操作をしたい場合は非常に有効なんだなと、ちょっと勉強になったです。

 

で、流雪溝を使っている人のコメントに対して、そういう不具合が起きるのか?と聞いてみたら「そんなことが起きたことがない」とのこと。そりゃそうだよね。普段の状況、使用で流雪溝から雪や水が溢れるのであれば、意図した目的(雪を流す)を果たせないので、流雪溝を使えないようにするもしくは潰してしまうと思うのです。

 

よって、流雪溝は雪や水が溢れたり、詰まったりするという弊害があるというのは「詭弁」だと言えるんじゃないかと思うのです。

 

それでは。